2013年11月05日

珠帆印inねとらじにて11月から「妖怪ラヂオ」開始

 この半月ほど、和歌山⇨出雲⇨名古屋と旅をしてきました。
 戻ってみると、東京は晩秋を通りこし冬の寒さをおもわせます。

 そんな気候ですが、この11月から、毎月第3水曜日の22時〜、私がメインパーソナリティをつとめさせていただく「妖怪ラヂオ」が始まることが決定しました。

 決して、法螺は吹いても駄法螺ではありません。

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 そも大学の講義とレクチャーしかしたことがない人間が、メインパーソナリティなんて勤まるのか、うっかり涙と鼻でもつまらせて放送事故になりはしないか(笑)、いや、そんなことよりあることないことをしゃべりすぎないか。。。ということがとても心配なのですが、そこはそれ、「妖怪ラヂオ」ですから、何が化けてでるかはわからないのです。

 このブログにもときどきは書き、いくつかの論文で主張しているように(著書はまだか..というせっつく声も聞こえますが。。)、「妖怪」とは「不思議な現象」のことです。「現象」レベルから「妖怪」について考えるとき、物理・心理・文化・社会の諸現象について、その「不思議」を問うという角度から、この世界や私たちのいとなみについて、哲学していくことができます。そのようなメタ視座をベースとして、個別領域の「不思議」についても、また解き明かしていくことができます。

 物事に素朴に不思議を感じ、問い合う中で、奥深いいのちのいとなみに触れ、またそのことを通して自他ともに活き活きとしていく場を創る、そんな考えから、このラヂオを開局しようと思いました。
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 なんせ「妖怪」ですから、どこへでも滑り込みます。日頃は交差しないゲストをお呼びして交差させ、またリスナーからも不思議な事象の体験談や考察を募集しながら、未知の未来を言祝ぐべく愉しく番組を進めていきたいと思っています。

 珠帆美汐さん・二子渉さん・あぜくらみちたかさんといった、他の担当の方たちもとても個性的。

 下記から番組詳細を確認することができます。
 是非、応援してください!

http://therapist-jp.com/modules/pico3/index.php?content_id=28
posted by 甲田烈 at 21:35| Comment(0) | 妖怪学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月16日

本日、ねとらじ出演します

 ぎりぎりになってしまいましたが、告知です。
 今晩、22時より「ねとらじ」に出演させていただきます。
 聴き方はリンク先を参照してください。
 珠帆美汐さんは、実際にお目にかかったのは、ついこの間なのですが、茸好きの素敵な方です。北海道を中心にコーチングなどで活躍しておられます。この放送枠には、畏友・二子渉さんのラジオ出演以来、たのしみです。

 「妖怪ラヂオ」計画のはずがエロ話!?
 どうしてなにがこうなってそうなるのやら、こちらも愉しみにしております。

 「珠帆印inねとらじ」の聴き方は、下記のURLを参照してください。
http://therapist-jp.com/modules/d3forum4/index.php?topic_id=243
posted by 甲田烈 at 15:21| Comment(0) | 妖怪学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月24日

【報告】妖怪cafe第4回・開催の報告と御礼

 昨日は、西武新宿線の武蔵関駅での人身事故の関係で、30分遅れのスタートでしたが、無事に妖怪cafe第4回を開催することができました。他の参加者の方には幸いにして事故の影響による遅れや不参加はなく、連休最終日にもかかわらず、新しい参加者の方も含めて8名もの参加でした。みなさま、ありがとうございます。
 それにしても、西武新宿線の事故というものは珍しい気もします。一度警察と消防で救出活動を行い、すんだと想いきや、再度現場検証に入ったという車内アナウンスが流れ、事故の雰囲気が濃厚だったため、急遽ルートを変えての会場到着でした。西武線の運行は深夜まで乱れておりましたが、遅い時間でも乗り換え客の対応をしっかりしていたのは、さすが、と思った次第。

 さて、妖怪cafeは、新規参加者もおられたために、まず井上円了の全体像にふれることから軽くスタートしました。
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 多彩な顔を持つ円了ですが、今年は円了の妖怪学の思考を紐解きつつも、「妖怪を深く味わい、考える」ということを基本に、話をすすめています。毎回、円了の文章をみなさんで読んでみるのですが、今回はこんな感じ。
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 円了は「幽霊」もまた「現象」であると考えています。その幽霊論のポイントは、幽霊をそれが立ち現れる条件(円了はそれを仏教哲学の用語としては「縁起」を意味する"事情"という言葉で示しています)を中心に考え、霊魂の問題を「真怪」に結びつけている点です。

 とはいえ、古典的な説話集から近世の怪談、そして現代のJホラーや現代民話まで広くみた場合、「幽霊」の具体的なたち現れの諸相も一様ではありません。
 たとえば、近世にはこんな「幽霊」がいました。
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 「逆さまの幽霊」は歌舞伎のモティーフにもなっていますが、もともとは死しても復活しないために「逆さま」にして殺害されたものが、なおそのままの姿で立ち現れたさまを示しています。けれど、逆さまのままでは川を渡れないために、船乗りに頼むという、微妙に切ないストーリーです。しかしこの逆さま。なんでも逆になるというアイヌのあの世観とも、もしかしたら通底しているのかもしれません。

 また、「幽霊には足がない」というイメージは今日でも主流ですが、そのようなイメージは1600年代に「産女」の図像イメージとともに誕生したもので、説話集である『今昔物語集』巻二七や、『北野天神縁起絵巻』では生前の姿と変わらない足のある幽霊が描かれています。

 また、被災地で体験される「幽霊」譚には、NHKでとりあげられた「白い花弁」の話のように、亡くなった人の姿・形があらわれるのではなく、なにかを暗示させる「瑞々しい」ことが印象に残るような花弁に気づかされる、ということもあります。

 さて、広く「幽霊」譚を探り考えてみると、「幽霊」とは「触覚」をめぐるコントラストを特徴とした諸経験のように思われてきます。触れるはずなのに触れられない。触れられないはずなのに触れられる、なにもないはずなのに感じる、そこにあるはずの姿がない、など。こうしたことは、共通する本質のように思われます。

 参加者の間では、活発なシェア・討議がかわされました。
 とりわけ印象に残ったのは、3.11以降、被災地の体験談が知られるようになってきたことも受けて、従来の記号=表象に重点をおかれてきた「妖怪研究」のありかたが変わっていくのではないかということや、「幽霊」はこの世になくてはならないということなど、でした。

 次回は11/25(月)予定ですが、自然の植物や鉱物と人間との関わりから妖怪について考えてみたいと、今のところは考えています。
 踏み込むほどに深く愉快な妖怪の世界を、今後とも解き明かしていきたいと思います。
posted by 甲田烈 at 18:46| Comment(0) | 妖怪学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする