2011年08月13日

到来と裂け目

 ここのところ、レベッカ・ソルニットの『災害ユートピア』を読んで考えさせられている。

 緊急の災害時に、群衆は暴徒と化し、街はパニックになるという常識がある。
 けれど、実際は違っていて、人々は連帯し、むしろ愛他精神を発揮して他者を助けようとする。赤十字のような救援部隊が来るはるか以前から、自律的なコミュニティが立ち上がり、それまで見ず知らぬ者たちが仲良くなり、商店は無料で物資を配布し、犯罪件数も減少する。

 けれども、これはつかの間のことだと、ソルニットは言う。

 長期的には秩序が戻ってくる。政争が始まる。社会はふたたび階層に分断される。

 全編を通して明るい筆致は、しかしながらクロポトキンの相互扶助の思想やジェームズの心理学的な洞察に支えられている。

 日本の場合は、どうなのだろう、と、ふと思った。
 震災時の帰宅難民の整然とした行動は、世界の賞賛を受けた。しかしそれは、ロンドン大空襲のイギリス人の行動や1904年のサンフランシスコ大地震時の市民たちの行動に等価物を見いだすことも不可能ではない。

 各地のボランティアプロジェクトの活躍もそうだ。

 日本は、分水嶺にある、と思う。
 これら歴史的事例と決定的に異なるのは、放射線による汚染が拡大し、その実質的危険度についても科学者の見解が分たれ、そして、食料品の輸出や被災地の食材を「応援」して食べることや、汚染した木材をめぐる京都とそれに対する抗議に見られるように、不安をめぐる「道徳的」ともいえる攻防が繰り広げられていることである。

 どう考えても、「復興は長期的視野が必要」という「現実」が見え始めるにつれ、生活をめぐる不安はむしろ先鋭化される。だから、少々汚染されていても輸出してもいいではないかとか、被災地も大変なのだから自分たちも耐えなければならないとか、国民でこの苦難はわかちあうべきだとか、そういった、たぶん声になりにくい「不安」をペースにした声の中で、ともすると「非合理」に見える現象が見られるようになる。

 しかし、そもそも人間は合理的に生きてはいない。
 最終的な動機づけは、強い情動にある。そのために、こうしたときに、「いや、汚染されているのだから冷静に判断しようよ」という声は、冷たいものとも聞こえるのだ。

 そもそも、定常型社会では、社会的財は有限なものと考えられやすい。たとえば、座敷童子は、社会学的には、有限な富を抱える(と表象される)村社会において、A家からB家への富の家筋の移動を合理化するための「装置」だったという解釈すらある。つまり、誰かが得すれば別の者は損する。だから、まあまあ普段は我慢しましょうということだ。

 そしてこの「我慢」が、それと知られぬ間に集合的な領域を突き動かすときに、「助け合い」の精神は、「汚染ももろともに」という方向にねじまがっていく。

 それを「不健康」なり「心中の美学」なりと弾ずるのは、たやすい。だがそこで盲点となっているのは、人間は合理的に行動しない、ということである。そこには、「愛」や「想いやり」や「諦め」が「余儀なくさせる」ということに対する想像力が欠けている。

 それは、人間の弱さへのまなざしであり、失ってはならないものだと、思う。

 利他的であれ、利己的であれ、人は何かをするとき、「ただ、そうする」のである。

 では、どうすればいいのだろうか。
 災害ユートピアや利他的な行動が突発的に立ち現れるように、裂け目の空間を日常に創ることだと思う。つまり、そこにもう未来はないと、考えること。そういう尺度を複数の時間軸の中に、持つことである。未来はないのだから、夢も希望も後悔も、そこにはあったものではない。

 けれども、瞬間がある。それは、はっきりと、生の裂け目である。裂け目からは、不可思議なものが到来する。それはおそらく、災害における、あるいは災害に限らず緊急時における人の突発的な利他的行動の源泉であり、秘密なのだ。

 私は個人的に、妖怪もまた裂け目からの到来と考えている。
 これは、民俗学的には、折口信夫の理解に近い。折口は、「神」というものが、共同体の外部から、不意に「音連れ」するものだと感じつづけ、それを大切にしていたからだ。「神」は人のいうことなんか、聞かない。勝手に来ては立ち去っていく。それは、おそらく儒教倫理以前のこの列島の姿であると同時に、「時間」に投げだされる「以前」の人間の発生的な姿である。

 この列島にたぶん必要なのは、道徳家ではなく、無垢な人間である。

 無垢な人間は、到来を感受しているので、複雑にはなれない。だから思ったようにものをいい、ふるまう。自分にさえ、次の行動は予測つかない。ただ、こういう人間は乾いた愛を持ち、よく笑いそして毒つくだろう。ろくな奴ぢゃない。非ー道徳家だ。

 あるいは、可能性があるとすれば、道徳心を極限まで追いつめ、反転して「忠義のゆえに革新」に行き着いてしまう脱ー道徳家だろう。たとえば、幕末の志士たちがそうであるような。儒教的な道徳、上には従い下には敬意を、そして非常時にはみんに一緒という方向を、その平等にだけ突き抜けた人間である。

 災害ユートピアがなぜ長続きしないのか。ソルニットは謎にしている。
 けれども、この謎は謎にふさわしい。なぜなら、それを可能にするのは時の切断された瞬間の到来と、そして人々のあたたかな非合理であり、未知であるからだ。そしてそれは、とても道徳的ではないけれど、倫理的なことだ。

 ここのところ、震災以降のさまざまな言説にふれつつ、無い頭をしぼりつつ、強くおもい願うことは、この列島の「道徳的」言説の閉塞であり、到来する非ー道徳、すなわち倫理、時間の裂け目に向けて、どう開かれるかということである。

 こころを失わずに、いい奴にならないということが、見える方向である。
 
posted by 甲田烈 at 12:00| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

易行というアポリア

 しばしば、日本の宗教思想では、「易行」ということが強調される。

 努力すれば手に入らないと信じ、一生懸命、滝に打たれてみたり、長期にわたる瞑想や坐禅を試みたり、厳しい生活コントロールを自身に課したりする。しかし、他ならぬそうした「獲得」しようという衝動が、当の目的であるものを遠ざけるということにつながる。実際のところ、宗教者には、通常の人間よりも「意志」だけは強くなる人間も多いのである。そういった、もろもろの「努力」といういとなみが、今、ここに息づいているいのちの働きをブラインドしてしまうということ、そして、そもそもそうした「努力」は、人間には不可能であるという洞察が、「易行」という言葉にこめられている。

 最近では、スピリチュアル系を中心に「引き寄せの法則」というものが流行しているので、「努力しなければ報われない」ということを前提に行動していると、そうした「現実」が形成されてしまうという解釈はわかりやすいだろう。けれど、だからといって、波動をあげるためになんでも「ポジティブ」に考えましょうというのも、別の行き過ぎを産み出す。どうせわれわれは何をせずとも、ただ念仏をしてすでに救われているのだから、何をしたっていいじゃないか、という「本願ぼこり」と呼ばれる宗教現象は、実はそうした霊的なポリアンナ症候群でも、あるわけである。

 ポジティブ心理学においては、「ポジティブになろうとしてはいけない」と言う。

 これは、たしかにそうなのだ。
 たとえば「波動を上げよう」とか「救われよう」という努力も、そして「救われてんだからなにやってもいい」というお気楽極楽思考も、その基盤には「〜しなければならない」という緊張があるからである。そしてそれは、自然なポジティブ感情の発露を遠ざける。

 では、どうすればいいか。
 
 ここで宗教者であれば、「捨てろ」とか「ゆだねろ」という話になるだろう。そして、自己放棄(surrender)の道を示したのが浄土教の「他力」の道であるし、それが難行苦行の自助努力の道に比して、「易行」ということになる。また、近年の宗教的回心やスピリチュアリティの研究を参照しても、そこには心理的な「受動性」という要素が条件としてみてとれる。

 けれども、ここにはアポリアがまちかまえている。
 「ゆだねる」ということは、とてつもなく難しいのである。たとえば、ヨーガでは「しかばねのポーズ」が一番難しいとされる。武道の極意である「ただ立つ」ということも、実は鍛錬を要する。ゆったりと大地と重力に身をゆだね、そして心理的な緊張をリラックスさせて手放すということを、人間はなかなかできない。

 この難問を、宗教哲学者たちは「否定即肯定」という論理で捉えようとしている。
 すなわち、ゆだね、明け渡すということに達するには、「自分の力でなんとかなる」というその自我を、一度「否定」する。しかし、その「否定」はそのまま「否定」ではない。緊張や努力を「否定」しても、ただそこに、そのまま生かされている自身への気づきが、深いころでの「自己肯定」につながるからだ。こうした視点からすると、「否定」とは、そのまま「肯定」ということになる。

 しかし、そうなると、では、「否定」しなければ「肯定」には達せられないのかという疑問が出てくる。それでは、欲望を放棄する難行苦行の道と変わらないではないか。これには、いくつかの答え方がある。

 マジックワードのひとつは、「無理」ということ。
 われわれがどうあがこうとがんばろうと、欲望を棄てたご立派な人間にはなれない。ちょっと自分を反省してみただけでも、欲しい惜しいの固まりである。どこをどうみても、「無理」なのである。親鸞は自身の心を蛇やサソリがのたくっている空間に例えている。どえらいことだ。そこで、「清くなろう」という緊張を手放してしまう。だって、もともと「無理」だから。そうしたときに、しかしそのままで、われわれは生かされていることを見いだし、そのことに感謝の心さえ持てるようになる。ここで「無理」なのは、どう考えても反省しても、自我の構造は反転不可能であることを洞察したからで、その意味で、反省以前の自我とは異なるものとなっている。

 もう一つは、「成りきる」ということ。
 修行、悟り、自己啓発、成長、欲望の放棄、そんなことは、知ったこっちゃない、と決める。
 そして、ただただ淡々と日常を生きる。こうなろう、ああなろうと思ったときは、肚の底からそう思う。駄目だと思ったら、偽らずにそう思う。いわば、物事の因果系列において、目的を考えずに、ただ過程そのものに浸りきるか、もしくは目的そのものに成りきるか、いずれにしても、判断なら判断、思考なら思考というその瞬間瞬間のはたらきに、成りきってしまうのである。つけ加えておきたいが、これが「狂信」と異なるのは、「信」にともなう過緊張がないことである。棄ても拾いもしない。ケ・セラセラの毎日で、じつにいい加減と言えば、いい加減。

 「易行」が、アポリアを生むのは、それが根源性と徹底性に裏付けられているからである。
 それは日本語の古い意味での「あきらめ」に通じる。「あきらめ」とは、「明らかにすること」であるから、実は「あきらめ」は根源的な問いの遂行でもあるのだ。

 だから、自分の内面の欲しい惜しいを認めずに、単なる自己肯定に浸りきるのは、この観点からは不徹底である。徹底するのであれば、くまなく自身を探索したうえで、丸ごとそのまま、自身を肯定することである。ただ、そうしたとき、もはやこの「自分を観る自己」を振り返った後の肯定は、窮極の肯定と言えるだろう。
 そしてまた、「〜になろう」と努力することもまた、それがそのままで肯定できるのであれば、なんの問題もなくなる。

 アポリアの解消は、緊張をとることなのである。

 肯定性が自然と花開くように、喜びという情動を頼りにしていく方法と、「無理」ということを徹底する「明らめ」の否定即肯定の方法と、心理学の叡智を参照して考えていこうというのが、ポジティブ哲学の構想なのだけれど、いずれにしても、それは「いいかげん」ということになるだうと、考えている。
posted by 甲田烈 at 06:54| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

良く生きることと死ぬことと

人は、ただ生きるのではなく、良く生きようとしている、とは、よく言われることです。

 僕はそしてそれが、確実なことだと感じています。
 私たちは、単に目の前の些事や快楽・苦痛にとりまぎれているだけの存在ではなくて、価値ある生を送りたいと望んでいるからです。そして、その価値の内容はさまざまであるとしても、そうした価値には相対的な深さと高さがあり、それらを相互承認することが、近代社会の原理だったのです。

 けれども、同時に、こうした言い方は、良き死ということとも向き合って考えないかぎり、脆弱なものにとどまります。

 つまり、私たちは、良く生きるということだけではなく、良く死ぬということも、考える存在だということです。

 それは、決してネガティブなものではなく、幸福であるために。
 生き場所と同時に死に場所が、その条件だと考えられるのです。

 たとえば、極限状況においても、「無駄死に」ということが拒絶され、死にさえ名誉が求められる側面がありうるのも、良き死、ということが関わっていると感じます。

 「津波てんでんこ」で生き残った人々が、自らの生を自問するというある記事を読み、どうしても考えたくなりました。

 関東圏にすむ私は、たとえば想像を絶すると文字どおりにいえる津波被害を体験していませんし、壊滅地域に生きてもいません。このことについて、あえて比較的表現を、僕はしたくないと思います。けれども、どうして私が助かり、他の人ではなかったのかと、ほんのちらっとでさえ、瞬間に思った人も、いるのではないでしょうか。
 少なくとも、僕はそうでした。

 それは、自責の体験ではありません。
 生の偶有性について、想いをはせるということです。

 そう感じたときに、僕は、もう一刻も無駄にできない、と思いました。体調管理不行き届きで、思うように事が運ばない日も、焦燥にかられるような感じで、そういうことを、どこかで考えていたと思います。

 ちょうど『自死の日本史』という本を読む機会がありました。
 日本人の運命愛について、きわめて詳細に描写されたものです。

 ここでは、「運命に対する愛」、すなわち主体的な意志的決断として、極限状況において自ら死を選ぶ=自死、ということの価値が、浮き彫りにされています。

 それは、無条件にたたえられるものではありません。それでは単なる「死の美学」であって、「自死」でさえ、ないのです。
 冒頭に述べたように、良く生きるということ、自生との緊張関係がなければ、自死は、選択としても、ありえないでしょう。

 そして、事故や災害において、選択なき死を与えられたかに見える人々の、生=死に想到するとき、死を受容することの意味について、そして、生者がなおも生のうちに死者と交流することの意味について、考えざるをえなくなります。

 「すべての人生に意味がある」という言葉は、このような局面においては、安っぽく響きます。
 たしかに、フランクルがいうように、僕たちは、生がどのような状況であれ、たとえ創造や体験の機会が阻まれていたとしても、そうした状況に対していかなる「態度」をとるかという自由が存在します。

 けれども、自身の死だけではなく、他者の死を受容しようとするとき、そこには、このような生者の視点だけでなく、死者の視点も必要だと、感じられます。なぜならば、その生には、死が深く食い込んでいるからです。

 田邊元は、死者が、死者でありながら、生者の中に復活をとげ、そうした形で、生者と交流することを、実存協同と呼びました。
 たんなる、生者のための生ではなく、死者たちもともに在る生。

 このような考えをヒントにして、はじめて、自責や美学から自由に、良く生きることと良く死ぬことが、直結するように思うのですが、どうでしょうか。

 僕たちは、死者たちを弔うことが必要です。
 死者たちを、死なしめるたるに。
 けれども同時に、死者とともに在るために、死者を、単に「死な」しめてもならないと思います。

 自慢話でも、思い出でも、ふとよぎる記憶でもいい。
 草葉の陰のように、語り継ぐのです。
 
 そういった形で、僕たちは、現在の生に奢ることなく、死者たちとともに在ることができるように、思います。

 僕は、311以降、基本的に人生の軸にぶれはおこりませんでした。
 けれども、ふだんから感じていた、このような思考が際立つ経験もして、本当に未熟ながら、ぼやぼやしていられないと、心底思うようになりました。
 生を謳歌して、語り継ぎ・継がれる死者と、なるために。
 生き急ぎはしませんが、ゆっくりと休養したあと、また、走り出すと思います。

 良く生きることと良く死ぬことの強度を、そしてその往生際を、くぐりぬけて。
posted by 甲田烈 at 02:29| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする