2012年04月12日

トークイベント : 幸福度と願望実現の関係性

 新緑の季節になりました。
 今日から大学も新年度の講義が始まっています。
 清新の気がかおるキャンパスでは、明るい日差しの中、学生さんたちもこころなしか明るく、そしてひきしまった表情をしています。

 たとえば、何か新しいことを始めたときのことを思い浮かべてみてください。
 それが自分の本当に好きなことであれば、未来にあるであろういろいろな体験にときめき、今も大切にしていることでしょう。そして、他人からみたらそう見えるような多少の労苦も、ものとも思わないはずです。
 けれども、私たちは、おうおうにして「幸福のパラドックス」におちいりがちです。
 それをすることが、結果的に大小の「成功」に導くはずの、日々の小さないとなみが、未来の「幸福」を勝ち取るための手段へと、様変わりしてしまうのです。

 ところで、現代の最先端の心理学のひとつであるポジティブ心理学では、「成功するから幸福になるのではない。幸福だから成功するのだ」ということが、実証的にも示されています。
 たとえば、フロー。
 それが好きで時間を忘れてでも取り組んでいることで、心も自然と前向きになり、効率もあがり、結果としてそのことに熟達をしたり、場合によっては他者からの評価も得られることもあります。

 「成功」の形は、人さまざまでしょう。けれども、ここには二つの鍵があるように思います。
 その一つは、「幸福のパラドックス」をあらかじめ回避できていること。
 そして二つ目は、「時空」をとびこえること。

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 「時間をわすれて」と、すでに述べました。好きなことに取り組んでいると時間を忘れます。私たちは、時計の針が数字をさしたり、一本の座標軸上を点が移動するような時間感覚に慣らされています。けれども哲学の世界では、この「点時刻モデル」が実際の時間感覚から遠いことや、時間と空間は実は相関しており、私たちが思うよりずっと柔軟なものであることが知られてきましたし、現代の理論物理学は、そのことを解き明かしています。また、古代の宗教思想でも、「永遠の今」と呼ばれる時空の不思議については、テーマとなってきました。

 今回、『ハーバードの人生を変える授業』の翻訳者としても高名な成瀬まゆみさんにお招きいただき、下記のようなトークセッションを開催することになりました。哲学×ポジティブ心理学。相乗効果で、どのような「願望実現」論が語り合われるのか、そして、幸福や成功と時空との関係は? 

 興味のある方は、下記をご参照いただき、お申し込みください。
 みなさまとの出会いを、愉しみにしています。

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 甲田烈×成瀬まゆみ トークイベント

日 :4月21日(土)
時間:10:30〜12:30 (受け付けは15分前から始めます)
場所:フラカフェ
  (井の頭線 東松原駅徒歩数秒のおしゃれなカフェです)
会費:3500円 (ドリンク付き)
定員:10名


【イベント詳細】


ポジティブ心理学の結論の一つに、
「うまくいくから幸福になるのではない。幸福だからうま
くいくのだ」というものがあります。
...
つまり現実が心の状態を作るのではなく、心の状態が現実を創出していくというものです。
これは、スピリチュアルな分野では、「引き寄せの法則」として知られているようなことですが、ポジティブ心理学はそれを数値で証明してくれました。

また、アインシュタインは、心と時間の関係について、こう言いました。

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。
まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。
ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです」

つまり心の状態が、時間のスピードまで決めていくようです。
そして、その時間の相対性が、どうも願望実現のスピードと関係があるらしいです。

そのあたりを多面的に今回はひもといていきたいと思います。
ゲストに哲学者甲田烈さんをお招きして、トークセッションという形で、
哲学的見地や多方面からいろいろと深めていければと思います。

知的好奇心が刺激され、
実際的なヒントが生まれる場になると思います。

ぜひ来てくださいね。


甲田 烈(こうだ れつ)

1971年、東京生まれ。
現相模女子大学非常勤講師・河合塾河合文化教育研究所研
究員。
哲学者・妖怪研究家。

本人は自ら「希賢人物」を名乗り、各地に出没している。
「見えない大学」で主に東海地方で各種レクチャーを経験

近年は「何者でもない」人物になりきってあらゆる学問分
野を横断するための「非人称的アプローチ」という方法論
。そして、反転こそが人生をモットーとした「ポジティブ
哲学」を提唱。

また、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を通しボラ
ンティア活動を開始。
著書に『手にとるように哲学がわか
る本』(かんき出版)、共著に『インテグラル理論入門』
(春秋社)、近著に『妖怪を知るためのレッスン』(五月
書房)がある。



成瀬まゆみ


「自分らしく豊かに生きる」をテーマに、翻訳・セミナー
を行っている。
『ハーバードの人生を変える授業』(大和書房)『ザ・ミ
ッション』(ダイヤモンド社)などを翻訳。
明るい雰囲気
の中で、一人ひとりを大切にしながら、自然に気づきを促
していくワークショップスタイルには定評がある。


お申し込みはこちらからお願いいたします。⇨http://my.formman.com/form/pc/rLEuRythYVNjIiPw/

posted by 甲田烈 at 21:36| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

単純な疑問拾遺集・・哲学とポジティブ心理学

 ◆それにしても、「哲学が難しい」というときの「哲学」ってなんなのだろう。率直に疑問だ。もしも「考える」ことが難しいんなら、すでにしてそう「考えている」わけだから、難しいはずはない。そうではなく専門用語、いわゆるドイツ観念論ゆずりの用語とかポストモダンやらの発想とか、そういうものが「難しい」というのなら、「難しい」ということがわかっており、そこでまた「理解しよう」と試み始めるわけだから、これもやっぱり難しくない。もし単純に肌あいがあわないのであれば、それは端的に無縁ということで、そう言えばいいし、その人はやっぱり、そういう「考え」をしているのだから、やはり「考えて」はいるのだ。ううむ、なんでだろ〜〜昔のはやりソングぢゃ、あるまいに。

 ◆う〜〜〜ん。どうしてもビジネス系のポジティブ心理学は「タメにする」ために「だめにする」感があって好きになれない。偏見なのだろうかなあ。マズローのユーサイキアなんかのほうが健全に見えるのは気のせいか??なぜか? マズローの場合、自身の試みを「規範的社会科学」と呼んでおり、価値判断の遂行に自覚的であったからだ。しかし現在のポジティブ心理学の水準はーーたとえばピーターソンにおけるアリストテレスの徳論の密輸入に見られるようにーー未だ「価値」問題に無自覚である。

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 どうもそうしたものは、「こうある」という事実から「こうあるべき」もしくは「こうしたほうがよい」という当為を無批判に導いているところに端的な問題の根がある。まず、事実から当為を導きだすことが可能とすれば、任意の生の理念の多数性という「事実」を説明できなくなってしまおう。その「事実」に無知だったのだと心理学者はいうかもしれない。しかし驚くべきことは、そのような無知がなぜ可能かということだ。そして第二に、「事実」もまた関心に応じて立ち現れるということができる。おおまかにわれわれは「触れる」ということを「事実」の基底においているが、「触れる」ことからは行為が導きだされるだけであって、それは必ずしも抽象的価値判断に帰結しない。たとえば雲は「目に触れる」ものだけれど、だから雲は崇高だとかなんてお下劣だとかいうことにはならない。もちろんそうした価値判断は可能なのだけれど、それは「事実」の触れ方によって多数性を帰結せざるを得ない。
 しかし、もしポジティブ心理学が自己の営為に誠実たりうるとすればーーそれは可能だと思うがーーもちろん任意の生の構想を「仮説」とおいた上で、その「仮説」の帰結ばかりではなくその論理的必然性についての洞察も含めて提示できるはずである。少なくとも私はポジティブ心理学の成果を自身の仕事に導入するにさいし、そうしたことを配視していこうと思う。


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posted by 甲田烈 at 12:09| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

5本指のマインドフルネス

 いつも、ちょっとした考えかたを変えるときは、身の回りのほんの小さな習慣も変えることにしてみます。これは、やってみるとかなり興味深い変化を体験できます。

 数日前から、5本指の靴下を履きはじめました。
 哲学的に、ちょっと小さなブレイクスルーがあったものですから。

 で、この5本指、以前から、とりわけ女性の方がワーク等で履いてきているのをお見かけして、暖かそうだなと思っていました。たしかに、足下からゆっくりあたたまり、部屋履きもいらなくなりました。

 けれども、いざ最初に履いたときは、一足で15分くらい、かかってしまいました。私は、手の指と同じように、足の指も第2指と第3指が、癒着しています。ですから、一本づつというと、まるでこころをこめるようにして、履く作業を味わうことになるのです。

 たとえば、まだ回数が浅いものの、それはお茶室で袱紗をたたむときの、ちょっと心地いい緊張と、その後の静まり返ったような感覚に似ています。

 最近、仏教心理学だけでなく、ポジティブ心理学でも「マインドフルネス」ということが言われだしていますが、「今、ここ」にあり、ただ観じつづける、そんな、とても単純で奥深いものです。そして、その、心がしずまり透明になることのおとずれが、なんと5本指の靴下でも可能とは、思ってもみなかったので、静かな驚きを感じています。

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 しかもこの靴下は、ちょとでも角度がずれると、うまく履けません。「うまくやってやろう」と、邪念(?)を持っても、無理。こころをきちんと整えて、なにも考えず、「すっと」した動作となるときに、今まであれやこれやと想いなしていたところからすれば、びっくりするくらいシンプルに、指が靴下に入ってくれます。

 仏教学科を出て、周囲の同学は僧侶の子弟が多い中で学びながらも、ほんの一時期や、今でもお試しくらいにしか、実は「瞑想」をしたことがありません。けれども、マインドフルネスという言葉を知るずっと以前から、私は日々小さなリハビリをしていたので、そのこと通じるものがあると感じてきました。

 たとえば、指をゆっくりと開き、閉じること。
 一個一個注意しながら、シャツのボタンをはめること。
 皿洗いのときに、指の下の汚れの感覚を丁寧に感じてみること。
 空や花をゆったりと眺めて、そのありかたとともに、自分の心のうつろいも観ていること。
 足裏、曲がる膝の感覚、呼吸、身体の傾き、そして心の中の意図や焦り、そんなものをゆっくりとみながら、吊り橋のような不安定な場所をわたってみたり、階段をのぼること......。

 特別なワークなんて、いりません。日常生活がちょっと気をつければ、マインドフルになります。身体が思うように動かない時間が長かった人間の特権だとも、思いません。ちょっとした、一工夫で。

 この、これから愛用しそうな5本指の靴下も、そんな観察のおともに、なってくれそうです。執筆やレクチャーのために、こころをゆるやかにたもちたい季節です。ただいま出版予定の某書、執筆中。師走となり、部屋には、文献ばかりがふえていきます。次は、大掃除ですかね。


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posted by 甲田烈 at 12:43| Comment(0) | ポジティブ哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする