2011年12月31日

翻る年の瀬

ゆったりとしていることが、とても好きです。

 急いては事を仕損ずる、ということわざは、まるで僕のためにあるかと思うくらいです。
 けれども、今年一年をふりかえると、感謝にたえない思いに満たされます。

 出不精で、一人黙々とものを考えるのが好きで、少数の気のあった友人たちと議論や同じ時を共有することに喜びを感じていました。
今年はあの3.11以降、まるで景色が変わってしまいました。それはちょうど、ダンスワークで「雲外鏡」を舞った直後でした。ふんばろう東日本支援プロジェクトのみなさんとの関わり、高輪ポジティブ心理学講座のみなさん、そして一年続けることができた妖怪講座、「森になる」、代々木上原の金壺堂での講座や交流など。いきなり広がった人間関係に、戸惑いを隠せない自分がいました。速度がはやく、ついていくのが精一杯。

 とりわけ、4月に東北を訪ねることができたことは忘れられません。その後、冬にかけて何度か起き上がってはダウンする日が続き、一時はもう本当に駄目かと覚悟したくらいです。もっと気力があれば、もっと知力があれば、そしてより敏活であれば、ボランティアにも貢献できたでしょう。この年の瀬でも、何度も現地を訪問し、必要な物資配布のシステムを整え、孤立しがちな人々の話に耳を傾け、ともに時を過ごしている方々には、本当に頭が下がる思いです。

 けれども。

 今年は本当に、多くの人に支えられました。
 前述した講座などで知り合ったみなさんや旧友は、本当に必要なときに、驚くほどのベストタイミングで手を差し伸べてくれました。具体的に東北に動けない己の不明を恥じ、ともすると考え方の軸もぶれかかり、体力低下で論文も書けずもんもんとする中で、なんとか共著も仕上げることができ、未知の学問領野を発見し、月々の講座を休むことなく続けられたのは、関わってくださった、みなさんのおかげです。

 きっと、明年も激変することでしょう。
 今年ほど、学問をすることの意義や日々の生活が丸ごと問い返された年はありません。
食料や飲料水や地域のリスク管理、信頼できる人とつきあうこと、優先順位をつけるということ、学問の社会的責任というもの、田邊元の他力哲学の再発見、ポジティブ心理学や非人称的アプローチの学習と深化......。

 けれども、僕たちのなかで、過ぎ去らないものとは何なのでしょうか?
 現れている世界は、移り変わっていきます。それが立ち現れるということの、本質です。
 そうだとしても、、見えない領域、そう、僕たちが闇と呼んでいる、不可視の領域に、たしかに変わらないなにかが息づいていることは、認めることはできないでしょうか。ひょっとしたら、見えない世界に関心を持つということは、見える世界の背後ではなくて、「見えている」という、そのことの背後へと立ち返ることかも、しれないのです。
 妖怪学の単著やレクチャー、いくつかの論文や阿保陀羅や、まだ未知の企画から、僕はそろそろ、そのことを真っ正面に語っていこうと思います。そして、そのことは、とても反時代的なことなのですが、もしかしたら、まさに時代精神そのものかもしれないとも、思えてきます。

 夕闇に沈む彼方の風景ではなく、此方のそのまたずっと手前の「そこ」を見いだすことができるなら、僕たちは「そこ」から翻って、この世界の美しさを抱擁することができます。はたして、未曾有の震災・原発事故、世界の混乱、家庭の慰安や安心、それらを生きているものは、「誰」なのでしょう。喜び愛し学び傷つき悩みしているのは、「誰」なのでしょう。そのことのどうしようもない尊厳を認め合うとき、この移ろう世界そのものが、愉しみとなるのではないでしょうか。そして、世界とは、この一人ひとりの〈私〉のことではないでしょうか。

 いつも深刻な日本人が、深刻になってもなりすぎることのない出来事のただなかで真剣になり、「深刻さ」を脱ぎ捨てようとしているようにも見えます。その後にくるのは、「軽やかさ」でしょう。

 僕は、来年は多くの友人や同士とともに、そういう軽妙洒脱を遊んでみたいと思います。

 世界が翻るような年の瀬に、もしもあなたの目の奥のそのまた奥を見ることができるなら、つい、うっかり、あなたも翻っているかもしれません。

 出会うことのできたみなさまと、その「在る」ということに深い感謝を。そして、幸多い未来であることを予祝いたします。
 あなたの後ろに「あなた」はいない、それは一体「手前」のことか。畏怖と開いてもしもと説けば、クニク次いでもモモにはならぬ。これぞほんとの百物語。
 お粗末。

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posted by 甲田烈 at 18:12| Comment(0) | 非人称的アプローチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月21日

第39回 フィロソフィアのお知らせ


 地球公共霊性ネットワーク主催で、わが国における政治哲学者サンデルの紹介と対話型講義の実践で知られる千葉大学の小林正弥先生が中心で活動されている「フィロソフィア」(http://global-spirituality.net/)で、下記の要領で来る12/25(日)にお話させていただくことになりました。どなたでもご参加し自由です。ご興味のあるかたはお越しください。また、以下は転送歓迎です。よろしくお願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
13:30(開場13:00)〜 20:00
※部分参加も可能で、時間は流動的です。

第39回 フィロソフィア
「トランスパーソナルな意識と場所」

☆. *・゜゜・*:.。.☆.。.: *・゜・*:.。.☆

 今回は、意識に焦点をあてながら、トランスパーソナル学の展開と場所論を議論したいと思います。
 よろしくご参加ください。


★プログラム★
☆第1部 (12:30〜13:45)
  田中智子氏(地球環境財団 食養士)
 「意識と人類と環境」

☆休憩 13:45-14:00

☆第2部 (14:00〜16:00)
 本山一博氏(本山博氏ご子息)
 「本山博的“場所論” & 瞑想ワーク」

☆休憩 16:00-16:15

☆第3部 (16:15〜18:00)
 甲田 烈氏(相模女子大学非常勤講師)
「インテグラル理論から非人称的アプローチへ
  〜トランスパーソナル学の展開をふまえて〜」

☆休憩 18:00-18:30

☆第4部 (18:30〜20:00)  
「地球公共霊性ネットワークについて」


★会場★
東京工業大学 田町キャンパス内
『キャンパスイノベーションセンター(CIC東京)』
5F:リエゾンコーナー501(AとB)
※所在地 … 〒108-0023 東京都港区芝浦3-3-6

★アクセス★
☆JR線 田町駅 下車徒歩1分 または
☆都営線 三田駅 下車徒歩3分

★地図★
※下記のいずれかの地図でご確認ください。
☆東京工業大 田町キャンス
http://www.titech.ac.jp/about/campus/t.html
☆キャンパスイノベーションセンター東京
http://www.isl.or.jp/campusinnovation.html

★参加費★
☆資料代    1,000円
☆公共活動割引 700円
(対象:平和運動など公共的運動のスタッフの方)
☆ 学生割引   500円
※寄付など歓迎。


第1部
[講師プロフィール]
田中智子(地球環境財団 食養士)

東京生まれ。幼少よりキリスト教教育を受け 、1977年の聖霊降臨日に洗礼を授かる。
多摩美術大学卒業後、工芸品のデザイナーおよび染織作家として首都圏各地で作品展開催(17年間)賀川豊彦氏に薫陶をうけた祖父や
50年来の念仏者の伯母の影響もあり信仰の道への探究心と世界平和への希求 強く、国の内外での世界平和プログラムや宗教間交流に多数参加。里山に囲まれた農村での生活の中、
アートセラピー、イメージトレーニング、フラワーエッセンス、エネルギーヒーリング、発酵型有機菜園、自然食料理など、ホリスティック・ケア研究および実践十数年。フィロソフィアでの多彩な講師陣によるグローバル・スピリチュアリティー、および公共哲学に関する幅広いレクチャー受講、インド、イギリス、日本のスピリチュアル・コミュニティーおよびエコ・ヴィレッジ滞在での文化交流経験、公立小学校や生活協同組合活動および地域での、光合成細菌を主体とする有用微生物群技術を活用した環境浄化プログラムを通して、新しい社会の在り方を考察、提案しつつ現在に至る。
ハートフルスペース INNERLIGHT主催
地球環境財団  食養士
小さないのちを守る会会員
カトリック麹町聖イグナチオ教会会員

[内容]
高次元の意識は個々の人間に相応したインスピレーションを与えています。
太古の時代よりインスピレーションを受け取った人間達が互いに関わり、協力していく中でさまざまな社会や文化が生成されてきました。
人間の意識が互いの関係や周囲の環境に影響を与えるメカニズムを検証しつつ、新しい時代の始まりにあたって、どのような意識やライフスタイルが持続可能な社会や自然環境をもたらすかを皆様と共に考察したいと思います。


第2部
[講師プロフィール]
本山一博(もとやまかずひろ 玉光神社権宮司)

1962年東京生まれ
神道系の新興宗教である玉光神社の後継者
筑波大学で物理学の修士を取得後、数理システム理論の専攻で博士課程に進むが、在学中に現宮司から後継者に指名され、玉光神社の権宮司になる。30歳代半ばより宗教対話に携わるようになり、以後、積極的に参加している。

[内容]
本山博神学では場所概念は最重要なもののひとつである。
そして、本山博神学においては、霊的進化とは「個から場所へ」として意味づけられている。今回は本山博神学的場所概念を理念ではなく、ワークでの実感により理解していくことを試みる。


第3部
[講師プロフィール]
甲田烈(こうだ れつ 相模女子大学非常勤講師)

1971年東京生まれ。
東洋大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。
東洋大学東洋学研究所研究員をへて、2004年より現職。比較哲学を中心として、インテグラル理論、仏教心理学、妖怪学などを研究。
近年ではそれらの成果をもとに非人称的アプローチというメタ理論を提唱している。
著書は『手にとるように哲学がわかる本』(かんき出版)など。

[内容]
トランスパーソナル学研究の潮流は、前世紀の中葉から大きな期待の下に展開されながらも、近年においては退潮の危機が叫ばれて久しい。本発表ではこの動向をたどり、トランスパーソナル学の可能性と限界について見定める。ついで、トランスパーソナル学の限界を克服する方向で提唱されたウィルバーのインテグラル理論と、わが国において人間科学のメタ理論として提唱されている構造構成主義とを継承した非人称的アプローチを紹介し、領域併存科学としてのスピリチュアリティ研究の新たな方向を示したい。

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posted by 甲田烈 at 21:19| Comment(0) | 非人称的アプローチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オモイダス

 最近は、いろいろと研究をしてきてはいるのですが、自分の頭の悪さには、ほとほとまいる日々です。

 で、自分自身、何も実は知ってはいないのではないかということに、気づきはじめました。

 しかし、世の中には賢慮のある人は多くいるはずで、少なくとも私よりは、物事についてよく知っているはずです。そして、「知る」ということについても知っているはずです。なぜならば、「知る」ということを知らなければ「知る」ということができないはずだからです。

 そこで、街行く人、そして機会あるごとに、「知る」ということについて尋ね歩いてみることにしました。

 もちろんこれは「企画」です。

 今年当初は、「ソクラテスの弁明」をテーマにアレンジして、劇作をしようと思っていました。ソクラテスから二千数百年、情報は拡大し、われわれの暮らしも便利になってきました。そうして、「知る」ということについても、より深みが増してきているはずです。

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 しかし、どうでしょうか?
 「知る」とは、どういうことなのでしょう。

 もしもこの問い尋ねが、「知る」ということについて自身が何を「知っていた」化をあらためて自覚したりオモイダスきっかけになるか、もしくは何かそれを契機に面白い出来事が起これば幸いです。

 と、いうのは、私は本当に「知らない」からです。
 己の無知を告白せざるをえません。
 そして、対話や得られた回答の多くを、劇作に取り込んで行きたいと思います。
 
 と、いうのも、これは劇を直接に観にきてくださる方々のみならず、「みんなの知」が主人公でなければ、面白くもなんともないと、思うからです。

 さしあたり、企画名を「オモイダス」にしようと、考えています。
 詳細・リポートはまた告知予定。

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posted by 甲田烈 at 08:25| Comment(0) | 非人称的アプローチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする