2013年10月17日

イベント告知・日本文化にふれる勉強会『妖怪を娯しむ : 鬼・モノ・人の交差図』

 すっかり秋も深くなってまいりました。
 早朝はお布団が恋しい時節です。
 みなさまは、いかがおすごしでしょう。

 さて、このたび、隔月に開催している新井薬師ジャンクションシティの「妖怪cafe」に参加された方よりご縁をいただき、なんと文京区の素敵な古民家「gallary園」(http://7thwave.info/gallery-en/)で、「妖怪」に関する勉強会を開催させていただくことになりました。
 数年前から古民家を改築した「古民家カフェ」などが流行り、いつか古民家で妖怪話をやりたいものと思っていた夢がはからずも実現した形です。

 タイトルは「日本文化にふれる勉強会『妖怪を娯しむ : 鬼・モノ・人の交差図』」ということで、「百鬼夜行」に焦点づけながら、広く「妖怪」について哲学と美術史の観点から考えてみたいと思います。

 「百鬼夜行」といえば、これまでは『今昔物語集』といった説話集を手がかりにし、京都・大徳寺真珠庵蔵の『百鬼夜行絵巻』(伝土佐光信)や、江戸期の鳥山石燕による『画図百鬼夜行』といったものに関する研究が中心でした。ところが2007年に国際日本文化研究センターで発見・所蔵された『百鬼ノ図』(伝吉光)により、これまでの図像学的研究が塗り替えられつつあります。

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 そのようなことも視野に入れながら、「鬼」や「モノ」と呼ばれた存在たちのありようや、人間との関わりから見えてくる感受性の形式とはどのようなものなのかと考えてみるのも、愉しいものです。

 このイベントは申し込みが必要です。詳しいご案内はリンク先を参照してください。
http://7thwave.info/gallery-en/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%AB%E3%81%B5%E3%82%8C%E3%82%8B%E5%8B%89%E5%BC%B7%E4%BC%9A%E3%80%8E%E5%A6%96%E6%80%AA%E3%82%92%E5%A8%AF%E3%81%97%E3%82%80-%E9%AC%BC%E3%83%BB%E3%83%A2/

 なお、Gallary園への交通アクセスは、下記を参照してください。
 ⇨http://7thwave.info/gallery-en/guide/

 たくさんの方のご参加をお待ちしています。
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2013年10月01日

「ライト・ランゲージ」の本質看取、あるいはむしろ、コトバとはなにかの入り口。

 先日、ちょっと面白い体験をしてきました。 
 もう10年来の知人で占星術を生業としている方からお誘いを受け、「ライト・ランゲージ」のワークショップに被験者としての役割で出てみたのです。とても楽しめる経験でした。

 「ライト・ランゲージ」については、いろいろとこの言葉で検索してみると音声と動画を観る事ができますし、英語でも日本語でもサイトやBlog記事があがっています。
 キリスト教文化圏においては、基本的に「異言」として知られたきた現象です。
 ライトランゲージの使い手たちの定義をみてみると、宇宙の諸存在たちからの愛を無条件で受け入れるためのツール、という言い方がされています。それはわれわれが通常、「言葉」としてイメージしているものからすると、「音」に近いもので、余計な判断がそこに入らない為に、ヒーリングとしても使われているようです。

 どうしてそのようなものに参加してみたかというと、ここのところそうした精神世界的な事象とは意識して距離をおいており、久しぶりの友人の頼みということもあったのですが、もう一つ、私の持つ言語感覚から推して、これは普通のことなのではないか、と考えたからです。
 私は身体に障害を持っていますが、それは体幹機能障害といいます。脳の運動野に電気的な障害があるということなのですが、体の動作が不自由な上に、発音が分明にならないということが、長く続きました。これは構音障害というのですが、発音が分節されずに、つながってしまうのです。そうすると傍目には、同一音の繰り返しやうなり声やおたけびに近い形で聞こえます。しかし、施設にいたときは、仲間内とは、それで立派に「会話」が成り立っていました。どこそこに待ち合わせるとか、こう思ったとか、少なくとも簡単なことは、意思疎通ができるのですね。今は施設にはほとんどいかないのですが、それでも行くと、意識的にモードを変えて、「その言葉」を話す自分もいたりします。

 構音障害から日常言語習得をしたことで、私には言語に対する「両生類的」ともいうべき感覚が芽生えました。これは音声とともに「意図」で会話をするという感覚です。

 そうしたことと、「ライトランゲージ」と呼ばれる現象との差異と共通性はどんなところにあるのだろうか、ということが主要な関心だったわけです。

 さて、WS。
 これはジャッジを入れるな、という友人の依頼で、シェア会までは極力参与観察的姿勢を保つことにしました。まず、呼吸から声を出していく導入のワークのあとに、いよいよ施術。自覚症状もあったけれど軽減を感じていなかった、いくつかの不調の指摘のあと、どうやら、肉体に近いところの「オーラ」の不調を整えるという説明だったのですが、人体内のミトコンドリアに影響を与えるというのもので、波動・響きというものに焦点づけされているようでした。私はこうしたことの体感はないほうなのですが、もう6〜7年ライトランゲージのヒーリングをされている方の雰囲気が「言葉」を話すときに変わるのは印象的で、もともとのしっかりした感じが、さらにしっかりした感じになったのが印象的でした。「言葉」は「アルクトゥルス」という星系はじめの連合体からきているという説明でたが、音声的に意味をとろうとすると、音節はフランス語のように聞こえ、意味不明でした。ただ、感じの悪い響きではない。身体の症状も今のところ自覚した変化はありませんが、おそらく連日出かけていたことも含め、疲れからかぐっすり眠れたくらい(笑)

 さて、モニターがすみ、もうお一方の「宇宙の記憶」をみてから、私の友人も「ライトランゲージ」」を話したのですが、これはまたアラビア語かロシア語に聞こえるような響きで、さきほどとも異なるのはかなり「ばしっと」力強くくるものだということでした。友人が、「翻訳」にとまどっていたのが、ちょっと可笑しい。
 最後は、寝ながらピアノの音とライトランゲージを聴き乍らのワークで、これも声を出されている方もいて、会場の雰囲気もあり、リラックスした方が多かったようです。

 さて、シェア会で、私に対して施術した方は所用で帰られたので、メールで質問の確認をしているのですが、私の友人含めもう一方も残っておられたので、かなり話は弾みました。
 以下、WSを受けたあとに考えたことを、シェアした部分もふくめ記しておきます。
 「ライトランゲージ」を話すために、なにかの特段の訓練は不要なように感じました。では、「ライトランゲージ」が通常の言語と異なる点はなんでしょう。言い換えれば、どういう条件が揃ったときにそれを「ライトランゲージ」と呼ぶのでしょうか。
 それ以前に考えておきたいのが、われわれの使っている言葉とは何か、ということでしょう。これについては結論だけあげれば、言葉には「記述」と「解明」の機能があります。竹田青嗣は『言語的思考へ』という優れた現象学的言語論の中で、言語には「一般言語表象」と「関係企投的意味」という二つの側面があることを述べています。前者は言葉の持つ辞書的な意味で、後者はそれに対して生活の中やコミュニケーションの中で生成される言語の意味機能ということです。この関係企的意味はさまざまなヴァリエーションがありえますが、宗教・スピリチュアリティの言語もその一つでしょう。私はこれを「解明型」と呼んでいます。と、いうのも、そこで用いられる言語は象徴的なものが多く、一般言語表象がそうであるように、指示対象の明確な真偽命題に還元できるものと異なり、聞き手や語り手にとって、自身の経験が編み変わっていく契機となることに焦点づけられているからです。

 たとえばこれは日常言語でも見られる場面ですが、「君はお腹がいたい」という記述的な言語に対して、ある人のふるまいをみて「お腹いたいの」と尋ねたときは、その都度に経験されている事柄に対する反照が生じます。この場合であれば、聞き手は「お腹の痛さ」に該当する感覚が自身に生起しているかと問い直し、語り手に応答するわけですし、語り手はその応答によって自身の感覚の手応えをたしかめるわけです。

 これが宗教的場面においては顕著に働きます。たとえば禅の師匠に「仏とはなにか?」と問われたときは、「仏」の一般表象が問われているのではなく自身の「ありかた」が問われているのですし、また逆に師に「仏とは何か」と問うて「庭先の柏の木」と答えられた場合、自然観察ではなく自己と世界の関係をふまえた生き方が問い返されているわけです。

 ところで「ライトランゲージ」も音声としては意味不明です。けれども、「響き」としては「意図」するところがあります。通常それも同時的に翻訳されてわかるのですが、聞き手がその「翻訳」と「響き」に内的照応を成立させた場合に、それは初めて機能するのです。それは通常の意味了解と異なり、悩みや身体症状の寛解や自己理解の更新といった経験の編み変えに寄与するものです。そうした意味では、「解明」型の言語使用といえます。結果がすべての場面で機能するがゆえに、ヒーリングという文脈とも親和性があるのではないでしょうか。

 もう一つ、「ライトランゲージ」と言われるものの条件があるように思います。それはさしあたり仕手にとっては「他者」の言語として感受されるということです。それは「アルクトゥルス」であったり任意の名称を持っていますが、日常に誰にでも感知できるものではありません。その「他者性」が「他者性」として顕在化することが、「ライトランゲージ」の信憑を支えているではないかと思われます。

 しかしこれにはいくつかの注釈が必要でしょう。まず、外国語の翻訳がそうであるように、また通常の外国語の同時通訳がそうであるように、通常、言葉は翻訳可能だと考えられています。それはなぜかといえば、指示と意味の編み替えの「同時性」がわれわれに認識されているからです。これは認識構造の同型性とは異なり、その言葉をその言葉として表現せざるをえない局面があった、という形で言語形式が了解されることをいいます。この「同時性」も深層においては、宗教/スピリチュアリティの言語使用と接続しています。たとえば私たちは「あっ」の中に、驚きや哀しみや予期に反する出来事や寝言を読み取りますが、その「あっ」が「あっ」でなければならない時があり、それをたとえば「Ah!」として同時的に掴まえて行くことが、翻訳というものだからです。その同時性においては、自他の差異はありません。

 そうだとすると、「ライトランゲージ」の役割は、「他者性」であるところのその「他者」が「自己」であることの認識の完徹において、やがてはその機能を終えることになるのかもしれません。しかしそのことは他ならぬその「響き」たちが要請するところでもあるのです。私が「さしあたり」といったのは、そのためです。

 それでは、「ライトランゲージ」の本質とは何でしょうか。

 私の見地からいえば、「日常語とのコントラストを媒介にして生起する経験の編みかえ」ということになります。

 けれどこれって、誰でも経験していませんか?

 たとえば赤ちゃん言葉のような喃語と呼ばれる現象や、子どもたちのやりとり、「あれ」、「うん」といった熟年夫婦のやりとりまで。「ライトランゲージ」は、さしあたりの他者の言語なのですが、それは響きと意図として、日常の平々凡々たる事実を指し示しているようにも思えます。
 おわりに、ちょっと有名な動画ですが、おととい、友人が教えてくれたものを紹介したいと思います。それは双子の赤ちゃんが「たたた」だけで会話している風景です。
 私はここに、「ライトランゲージ」だけでなく、言葉の本質が生起しているのをみるのです。

 著作権のことなど考えリンクははりませんが、興味があればYoutubeで「たたた 赤ちゃん」とか"Talking Twin Babies "と検索してみてください。
 なかなか、考えさせられますよ。
 
 
posted by 甲田烈 at 11:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月22日

名草の風と妖怪と(1) 和歌山旅日記・講演会拝聴編

 5月4日の夜に東京を発ち、7日の夜に向こうを発つという往復の日程で和歌山に行ってきた。
 久しぶりの、遠距離の旅だ。
 震災以降、支援活動に関わりながらも、体調は思わしくなく、なんとなく澱んだ日々。
 そんな感じが、いっきにふっきれた旅だった、とふりかえって思う。

 それはきっと、名草地方の風にあたり、ふたたび生きた妖怪たちと出会うことができたからだ。この土地はクールで、しかもあたたかい。そんな気がした。そういう風土に「触発」されたと、言い換えてもよい。
 そうした契機は、東京ではあまり味わえない。

 旅でであってきたことどもについての、以下は私見でしかない記録である。

 名草戸畔(なぐさとべ)の伝承を知ったのは、2011年の初夏だったろうか。すでに著書を出版されていたなかひらまいさんのことを、共通の知人であるとある研究会の会長さんに紹介していただいた。今はないが、お洒落なお茶屋さんである。そのとき、私は学生から毎年書かせているリアクション・ペーパーの中から、妖怪・怪異体験談のいくつかを取り出してお見せしたと思う。そのとき、『スプーの日記』とともに、『名草戸畔 古代紀国の女王伝説』が机上にあった。緑色の素敵な表紙であり、「名草戸畔」は一度見たら忘れない文字である。そのときは、「妖怪」の話で盛り上がった。そしてスプーを先に読ませていただくことになり、ご縁で小さなコラボイベントもさせていただくことになった。名草は、後回し、ちょっと関心から遠のいていた。

 正直に、古代史をフォローするのは大変だ。今でさえ、哲学・心理学・妖怪の方面の興味・関心があるのに、「歴史」が加わったら、えらいことになるのは目に見えている。しかも凝り性の私のこと、読めばハマるに、きまっている。それで、遠ざけておいたのだ。

 失礼ながら、ずいぶんと遅れて名草本を読んだ。一度読んだきりではわからない。けれども、小野田氏の「口伝」や樹木信仰のくだりは、興味をひいた。長らくトランスパーソナルを含めた心理学の世界や、ようやく思考を先に進めようとしていた現象学では触れにくい世界が、そこにあった。もともと民俗学は好きなので、素直にいえば、そこと地続きの世界だ。しかし当時は体調も良くなく、「禁欲」というものだろう。深入りはすまい、こういうものか、くらいに、思っていたのである。

 ところが、和歌山でなかひらまいさんと小野田寛郎氏の講演会がある、という。ちょうどその数ヶ月前、とあるご縁で実現しかかっていた和歌山旅行が、ダメになったばかりだった。しかし、だんだんと体の調子がありがたいことに良くなっている。「行こう!」と決めた。

 またこれより少し前、やはりなかひらさんを通じて『おしえてわかやま 妖怪編』を知り、故松下千恵氏の挿画に魅了されるとともに、伝承のもともとの事例を知りたくなり、調べてみようとも思っていた。

 講演会の参加と、妖怪探索。旅に出るのには、じゅうぶんな理由だ。
 震災前からしばらく休止していたフィールドワークも、新たに再開できると思った。

 講演会において、魅力的なのは、「口伝」である。
 正史に決して記されていない「物語」が、土地の、家の大切な伝承として代々伝えられてきたということは、こうした本や民俗学の論文等では知っていたことでである。が、小野田寛郎氏というと、ルバング島からの生還や種々のエピソードで注目されがちであるけれども、伝承保持者でもある。
 その方のお話を公開の場で聞ける。ご高齢なので、そうない機会でもあり、これは面白くないわけがなかろう。
 
 夜行バスは新宿を夜の11時にたつ。到着は8時半ころ予定。胸ときめかせながらも、ゆっくり寝ていればいいや、という感じでいたのですが、意外と早めに和歌山駅に着いてしまった。
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 JR和歌山駅のバス発着所の反対側に地下通路を抜け、けやき大通りをとにかくまっすぐ歩いた。途中、腹ごしらえをしたかったのだが、お店はどこも開いていない。途中、郷土資料に強いという「宮脇書店」さんの位置を確認し、講演会場となる「アパローム紀ノ国」との位置関係も測りつつ、すぐ和歌山城近辺についてしまった。
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 ちょうど、駅から並行してのびている三年坂通り沿いにパーガー屋さんがあることを駅前の地図で確認していたのだが、そこも行ってみると開店に間がある。ふらふらと側の岡公園に時間をつぶしに立ち寄ると、「刺田比古神社」の文字が目にとまった。
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 また、そこに向かう途中、「紀州徳川神社」があった。八大龍王を祀っているらしい。ここまで来たので、お参りせよということか。
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 すでにしてこのとき、この旅が神社巡りになることが予告されていたのかもしれない。けれど、そんなことより腹ごしらえだ。三年坂のバーガー屋で朝食をすませ、少し離れた宮脇書店に戻った。郷土資料コーナーには友人の本がなんと平積み。目当てのものはなく、古書店もあたりがつけられなかったのだが、「名草戸畔」はやはり目をひく。さすがに書店内でデジカメをとりだすのは、はばかられたが。。
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 少し暑くなった日差しの中、面白看板探しで気持ちを励ましつつ、次は県立図書館探しをした。親切な方が道を教えてくれたが、徒歩ではきついという。講演会の時間との兼ね合いもある。
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 結局、講演会場から県立図書館の距離を考えると、徒歩で立ち寄ってもすぐとってかえさなければならないことがわかり、会場ホテルのcafeで予習がてら友人の本を再読するという、ゆったりコースに変更。
 けれどすでに一時間前くらいから人が大勢いて、盛況が予想された。そこで、30分前には会場の鳳凰の間に移ることにした。会場内はもちろん撮影禁止。しかし首をふってみまわすと大変な人の数。本日は満席の予定というアナウンスが流れる。
 
 講演会は密度が濃く、あっという間だった。
 最初の10分間で、なかひらさんの簡明な「名草戸畔」伝承の解説が入った。名草戸畔は古代の女性首長(とされている)。まず正史に記されたものとして、神武東征服のおりに、『日本書記』にはたった一行のみ殺害の記載があること、それとは異質な小野田家に伝わる口伝と小藪台(郷土史家・小薮繁喜氏が保存していた名草戸畔伝承を演劇化した台本本があること、江戸末期の『紀伊名所図絵』における挿絵について。

 そのあと、小野田氏の滔々とした熱弁が始まった。声はイメージしていたより優しく、ひょうひょうとした人柄が伝わってくるものだった。
 驚いたのは、小野田氏が立ったまま話し続けたこと。そして何度も、「自分はなかひらさんの質問に答えただけ」という旨のことを謙虚に語っていたこと。さすがに後半は立ち続ける姿に、司会の方が冗談にまぎらわせつつ制したけれども、いきなり本題に入りつつの語り口には、胸をうたれるものがあった。

 もちろん、小野田氏の話の受け取りかたは会場の方それぞれで、これは私の感じ方でしかない。
 けれども、その話の核心は、「負けないたたかい」という言葉に示された、紀州人のしなやかさにあったように思う。

 『日本書記』の記述と異なり、神武東征において名草戸畔は殺されたが、名草軍としては降伏していなかった。神武軍は紀ノ川をのぼることができず、海上ルートを用いて熊野に向かうことになる。国懸(くにかかす)と日前(にちぜん)が統治にやってきたとき、中央集権を押し進めようとする国懸は評判が悪い。結局統治できずに国懸は大和に帰る。紀州人は世襲を嫌い、その時々に向いた人がリーダーになる。ここからコレヒドール戦における和歌山61連隊の闘いに。聞いていると無理なく古代史と現代史が接続してく。
 講演会の最中は、もう話に聞き惚れていたし、予定時間もあっという間でした。最後に、講演会場に来れなかった郷土史家の小藪氏のご子息による氏のメッセージの代読には、しんとこころをうつものがあった

 紀州人は、「まつろわない民」だと、その後の和歌山滞在の中でも何度か聞いた。
 けれども、講演会を聞きながら、私はそれこそ、日本の列島民の本質なのではないかと、考えをめぐらせていた。「お上」というものは、いちおうは奉っておくが、余計なことさえしなければいい。良い提案は誰がしてもよいし、世襲にもこだわらない。そしてなによりも、自然に対する畏怖とともに暮らしている。中央の人々こそ、大地から切断されている。サイレント・マジョリティとは、いつもしなやかなものだ。

 講演会が引けたあと、宿に荷物をあずけたあと、知り合った方々と根来寺を見てまわり、なかひらさんを囲む会の末席に参加させていただく事になった。すばらしい参加者たちで愉しい。そのあと、私は宿の中で自身の理論についても考えていた。「メタ理論」というが、学者や研究者、声の高い実践者より、こうした庶民のほうが、ずうっと「しなやか」だったのではないか。コレヒドールにおいて和歌山県人の連隊の仲間たちが各々の局面で得意分野で助け合い、古代から世襲や中央集権システムがとられてこなかったのも、制度的硬直を嫌い、その都度性を発揮してリーダーを選出する柔軟な感性があったからではないか。学者や専門家や一部の「スピリチュアル」が硬直した自己の世界観に自閉して争い、学際や越境する対話の必要性は説かれて久しいし、優れたメタ理論もある。しかしその立ち上げた「立場」が、もうひとつの「立場」になってしまうことも否めない。ずっと自問してきた。なぜ、そうなってしまうのか。むしろ学ぶべきは、こうした、しなやかで力強い感性ではないか。

 しばしば「日本人」の硬直性が指摘されることが文化論ではありますが、ここはそれとは大きく異なる、素朴な信仰に生きつつも、「しなやかな民」の姿があるのだ。
 
 そしてここまで考えて、唐突だったが、昔から関心のあった南方熊楠のような人が、なぜ和歌山から出たのか、直観的に謎が解けたような気がした。
 けれども、この濃い旅は、ここからが始まりでした。(2)に続く。

 ※なかひらまいさんの近著は下にリンクしてあります。興味のある方は読んでみてください。
http://www.amazon.co.jp/%E5%90%8D%E8%8D%89%E6%88%B8%E7%95%94-%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E7%B4%80%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%80%9C%E5%A2%97%E8%A3%9C%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%89%88%E3%80%9C-%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%B2%E3%82%89%E3%81%BE%E3%81%84/dp/4905273005/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1369222386&sr=1-1


 
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