2012年10月27日

AYANAVI〜日本の「妖」ナビゲーターたち・第10回のお知らせ/泉鏡花、「刹那」を歩む

 毎月、告知が遅れ失礼しています。
 AYANAVIも早くも年末が近づき、哲学から文学作品の鑑賞、絵画論へと、とりあげる対象を広げていっています。昨日は都合により休止したため、来月、ふたたび泉鏡花(1873-1939)の作品をみなさんと観賞してみたいと思います。

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 泉鏡花の作品というと、耽美・幻想的という表現が思い浮かびます。そしてその世界は、繊細な色彩感覚に彩られています。けれども、鏡花の根幹は、やはり「お化け好き」と言えるのではないでしょうか。
 柳田國男の『遠野物語』を読み込み、「妖怪変化豈得てかの如く活躍せむや」と激賞した鏡花は、周囲の批判にもかかわらず、「お化けは私の感情だ」と公言してはばかりませんでした。

 実際、鏡花はこの世界が観音力と鬼神力という、力で満たされた世界だと考えています。この力は人間にとって不可抗力なもので、大入道や三つ目小僧、一本唐傘のお化けといった妖怪変化の具体的現象は、「最も親しむべき」鬼神力のあらわれだと考えていたのです。
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 そんな鏡花が注目したのが、「たそがれ」感覚。
 「善と悪とは昼と夜とのやうなものですが、その善と悪との間には、滅すべからざる、消すべからざる、一種微妙なところがあります」(「たそがれの味」)
 ある、何かと何かが移行していく、その刹那。
 鏡花はそこに、なにを認めようとしていたのでしょうか。
 そのことと、「感情」や「力」との関係はどのようなものでしょうか。
 そもそも、鏡花の描く妖怪たちや、幻想的な世界は、どのような「感情」をあらわしているのでしょうか。

 坂東玉三郎の演じたことで有名であり、舌長婆や朱の盆といった民間伝承の妖怪たちが登場する『天守物語』、作中人物の醒めた視点が印象的な「雨ばけ」、季節の花が全て咲くという野原への、薬草取りの青年と花売り娘の足取りを、花々の移行とともに描いた「薬草取」、山中における修行僧の異界体験を描いたとされる「高野聖」。これらの作品を繙きながら、「感じ」としての「妖怪」体験を味わってみたいと思います。

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 ★タイトル「「お化けは私の感情だ!」〜泉鏡花・刹那を歩む
 ★開催日時 11月30日(金) 20:00〜21:30

 ★講師 甲田烈(現・相模女子大学非常勤講師:最終学歴 東洋大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学(専攻・仏教学)

 
 ★場所 ジャンクションシティ(http://www.junctioncitytokyo.com/Photo_%26_Cafe_%22Junction_City%22/Home.html)
 Access/ 西武新宿線 新井薬師前駅 南口から徒歩2分 
 Address/ 〒164-0002 東京都中野区上高田3-37-7 サクラディア B1F
 e-mail/ jctアットマークjunctioncitytokyo.com(“アットマーク”を“@”に書き換えてください)

 ★各回参加費 1000円+1order
posted by 甲田烈 at 18:10| Comment(0) | 妖怪学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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