2011年09月16日

折れた心から,新しい芽をーー痛みを抱えながらの成長についてーー

 明日の9月17日,代々木上原の金壺堂で,PTGについてお話しさせていただくことになりました。
 →http://kinkodou.com/index2.html

 よく,人は強くいきなければならない,そして,なにかがあったとしても,へたばったり,弱さを見せてはいけないんだ,ということを聞きます。
 僕たちの暮らしている社会は,無意識に「力強い」人間を求めています。それは原発や震災によるストレスや,それ以前から懸念されている日本経済の傾きといった諸状況をへた後にさえ,そうなのです。

 人は,強くなければならない。
 果たして,そうなのでしょうか。

 ポストトラウマティック・グロース(posttraumatic growth=PTG)という言葉があります。近年,ポジティブ心理学の領域で注目されているものです。日本語では,外傷後成長と訳されたりもしています。その定義は,「危機的な出来事や困難な経験との精神的な闘い・もがきの結果生ずるポジティブな心理的変容の体験(宅, 2010)※1です。つまり,どうしようもないような,大変な出来事に直面し,その経験との奮闘のプロセスで,心理的に変わっていく,かわらざるをえない経験ということです。

 「トラウマ」という言葉は,よく知られています。心の傷のことです。
 そして,なんらかの脅威的・あるいは破局的な出来事を経験したあと,数週間〜数ヶ月後に発症し,その後,数ヶ月から数年続いてしまうような心身の病的な反応をPTSDといいます。これもまた,阪神・淡路大震災を契機に知られるようになりました。症状としては,外傷的な出来事の再体験(フラッシュバック・悪夢)や,類似した出来事に対する強い心理的苦痛と回避行動,そして,持続的な覚醒亢進状態(睡眠障害や極度の警戒心など)です。

 トラウマや,PTSDについて,ちょっと詳しく触れてみたのは,こういう言葉が一人歩きして,いいように使われてしまっているからです。たとえば日常会話でも,「いや〜〜○○の経験がトラウマでさあ」というのをよく使います。また,スピリチュアル系のカウンセリングなどでは,「何々がトラウマで」というように,まるで過去の傷の体験にすべて責任を負わせるかのように使われることもあります。

 ところで,PTGについてです。
 “posttraumatic”というくらいですから,当然これもトラウマと関係しています。
 けれども,注目していいことは,いいことは、PTGの場合,トラウマを経験しつつも,人は成長できる,としている点です。
 では,この場合の「成長」とか「ポジティブな変化」とは,何でしょうか。

 PTGにおける心理学的変化には,次の3つのタイプがあります。
 ひとつは自己概念の変化。まず,大変な体験の「被害者」という観点から,サバイバーへと変化します。つまり,「なんとかやってこれた」という自信がつくわけです。けれどもこれは,「強い」自分になるということではありません。むしろ逆です。自身の弱さを認め,オープンになって他者に助けを求めるようになれるということです。
 ふたつめは,対人関係の変化。感情表現がオープンになり,それにともなって,他者との親密感が増します。そして,愛他行動が増します。たとえば,困っている人を助けるようになるとか,人の弱さがわかるようになるとか,そういうことです。
 みっつめは,人生哲学の変化。これは,今,生き,与えられているいのちへの感謝とか,人生における優先順位が変わるとか,スピリチュアルな変化,そして,叡智の発揮などです。

 PTGの「変容」や「成長」の中軸になるのは,スピリチュアリティだと言えます。
 それはなにも,人の目には見えない,超常的ななにかが見えるとか,ということではありません。ポジティブ心理学は実証科学であるために,そうした,アメリカの心霊術や,イギリスのスピリチュアリズムで,取り上げられ,日本でも「霊能」のイメージとなっているような現象は取り扱いません。
 インテグラル理論というメタ理論では,スピリチュアリティの意味を,(1)変性意識状態,(2)人間の意識の発達段階のひとつ,(3)人間の持ちうる諸能力の一つ,(4)人生に対する態度,の4つのどれかにあてはまると考えています(Wilber, 2004)。この哲学的分類を参考にすると,実証科学として,心理学的に質問紙によって蒐集したデータを因子分析して得られる「スピリチュアリティ」とは,(4)の態度ということになります。これは外界に表出されるために,測定が可能なのです。

 PTGにおいては,人生観の質が,がらりと変わります。そしてそれが,この文脈におけるスピリチュアリティの本質なのです。
 それは,自分の弱さを認めて,他人にSOSを求めるようになったり,人生における実存的テーマが浮上したり,自然などに畏敬の念をおぼえるようになったりといった,「つながり」の変容へと開かれていくことです。

 では,そのような「つながり」へと開かれて行くことは,どうすれば可能なのでしょうか。
 PTGを生起させる要因とは,なんなのでしょうか。
 個人の対処能力やもともとの素質といったこととか,周囲の家族や友人たちの助けという環境的要因は,考えられる条件の一つです。
 しかし,何よりも,脆弱性を認め,他者・世界へと自己を明け渡して行くことが,主要な条件として考えられるのではないでしょうか。

 僕たちはふつう,自分なりの世界観・人生観を無意識のうちに抱いて,日々の生活を送っています。そして,そうした「ものの見方」とは,立ち現れている経験である現象を,自分の関心にひきつけて「言葉」によって切り取ってみたものだと言えます。そはあたりまえと思われているために,ふだんは疑問にもたれることもないのですが,それが揺るがされるような出来事と出会うとき,僕たちは,それが今まで自分の生を支えてきた「物語」の一つであり,絶対的なものではないことを思い知らされます。そのとき,現実とは,「世界観」という色眼鏡を通してみられた特定の「世界」ではなく,端的に立ち現れた現象としての姿を示すのです。

 この,「世界観」と「現象」との関係は,ちょっとわかりにくいかもしれません。
 けれども,現代の心理学は,人間の持つ世界観や人生観とはフィルターのようなものであり,現象を言葉によって切り取り,構造化したものだということを明らかにしつつあります。

 明日の講座では,もちろんPTGの定義やその測定方法,似た概念との差異などについて,とりわけスピリチュアリティの問題を中心に迫ってみますが,それだけではなく,現象から世界観が産み出されるメカニズムについて,体験的なワークを通しても考えてみたいと思います。そのことを通して,「心理学的変容の体験」の意味が,深く捕まえられ,かつそれは僕たちが日常を豊かに生きて行く上で役に立つことがわかると思います。

 
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posted by 甲田烈 at 04:17| Comment(0) | ポジティブ心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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