2016年11月24日

新著『水木しげると妖怪の哲学』刊行予告: 「感じ」から日々生きることへ

 みなさま、ご無沙汰しております。

 ほぼ一年ぶりの更新ということになります。
 
 この間、所属が相模女子大学から東洋大学の井上円了センター客員研究員に変わるなど、身辺でもいくつかのことがありました。
 
 ちょうど更新前のこのBlogの記事が、水木しげるさんの訃報に接してのものでした。
 前後に所用が立て込んで、気の抜けない状態が続いていたのですが、それらが一段落してホッとした後に、しばらく放心状態だったことを覚えています。

 その直後、ある編集の方からご連絡をいただき、「水木しげるについて書いてみないか」というお話をいただきました。なんでも、僕がふんばろう東日本支援プロジェクトに関わっていた頃に知り合った、共通の知人から僕の名前を聞きつけたとのこと。

 学会関係者でなかったことは驚いたのですが、人のご縁はどこでどうめぐるのかわからないものです。

 そしてこのたび、イーストプレス社より拙著『水木しげると妖怪の哲学』が発売になります。すでにAnazonに予約ページがあるので、覗いて(できれば購入して)いただければ幸いです。

 水木しげるさんは、生涯をとおして「妖怪は"感じ"だ」と言い続けてきましたし、まさにそれを多くの作品によって表現してきました。その「感じ」とは、私たちが今、ほかならぬ水木さんの影響もあってそうとイメージしている「キャラクター」ではありません。

 少なくとも、そこに描かれようとしているものが消費されるコンテンツとしての「キャラクター」であるとかんがえてしまったのでは、その本質はとらえられないような気がします。では、「感じ」とは何なのか?

 この本では、ひたすらにそれを追求しようと試みました。
 「哲学」と銘打っていますが、難しいことはありません。だって、毎日それを生きていることが基本となっているのですから。

 そして私たちは、その「生きる」感じを、ふと心づく子ども時代からの空想や、人や景色と接するときの淡いや、祖父や祖母から聞いた昔話や、今日も形を変えて話題となり続ける「妖怪」の世界の根底にも、看取することができるはずです。

 内容や取り上げられている作品は多岐にわたるのですが、同時に網羅的な作品論は意図していないため、取り上げることのできなかった名作も多いのですが、膨大な水木作品に対して触れ直すきっかけになれば幸いです。

 そして、「感じ」から深めて水木作品に触れるときに、それは同時に、私たちが日々生きるこの身体に同時に触れることになる、と私は思います。

 水木ファンや妖怪好き(研究者も含む)の方々はもちろんのこと、アーティストや表現者の方にも興味深い内容となっていると思います。

 ぜひ、愉しんでみてください。


水木しげると妖怪の哲学 (イースト新書) -