2013年01月01日

謹賀新年はワークショップの告知から・【2月3日】新春予祝トークセッション・旧正月と神々の言祝ぎ〜魔除けの学問と実践〜

 みなさま
 明けましておめでとうございます。
 旧年中はお世話になりました。
 今年もよろしくお願いします。

 私は大晦日から元旦にかけて初詣をすませ、正月から妖怪学の理論書を執筆するために籠っています。
 今年は本も出版し、いろいろと「動く」年になりそうです。

 さて、旧年中に告知したワークショップの日程が一日だけずれ、2月2日→2月3日に変更されました。
 おかげで、ちょうど、節分です。
 昨年の暮れ、31日に久しぶりに観ていたら、「なまはげ」が紹介されていました。蓑で身を覆った「なまはげ」に「悪い子はいねえかあ」とすごまれていた子どもが、「いいい子になります〜〜!」と半べそをかいているさまは、微笑ましくもあり、また人間の奥底にあるなにかを指し示しているようで、興味深い光景でもありました。
 小正月や旧正月には、「鬼」たちがやってくると昔から考えられていました。
 「鬼」は恐ろしい存在であると同時に、福をもたらす来訪神とも考えられています。
 ところで、「鬼」は今、誰でも「おに」とよみますが、平安時代くらいまでは「もの」とも読まれる字でした。「もの」は現代では、物質や物体や人間としての「者」のよみがなでもありますが、古くは霊的な存在をも指す言葉だったのです。


 「鬼(もの)」は、姿を見せない働きでした。蓑笠をまとうということは、自身の姿を隠すと同時に、顕わす、という意味もあると考えられています。この「現れつつ隠れる」という働きは、現代哲学でも問題となっていることに近く、そこでは、意識の反省対象とならない「生きる」という体験が、もっとも自我に直接的であると同時に、「異他的なもの」とされています。なぜならば、そうと気づかれる以前に、生は生きられているからです。

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 この「異他性」は、「鬼」を解明する上で、ヒントになるのではないでしょうか。
 「鬼」は「もの」として、単なる悪ものではありません。それは、私たちの日常の生き方について、のっぴきならないなにかを突きつけてきます。しかしそれと同時に、むしろ魔を祓い福を授けると考えられているからです。と、すれば、「生きられている」という「かくれ」を「生きる」という形で「あらわす」ことの中に、「鬼」たちの豊かな姿が浮かんでくるのではないでしょうか。

 ちょっと話が難しくなりました。
 けれど、「鬼」を学び、遊びたおすのが本旨です。

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 ワークショップの当日は、このような「鬼」の多様な姿・形にも触れつつ、「魔除け」の実践についてもお伝えできればと思います。
 コラボをしてくださるのは本職の霊能者・火水ハヌルさん。
 濃い内容と同時に、なによりも楽しめる会にしたいと考えています。
 是非、遊びにきてください。

※イベント詳細は下記をクリック
http://fukutama.jp/seminar/130202talk/
posted by 甲田烈 at 18:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする