2013年01月23日

新講座のお知らせ・妖怪カフェ第一回「井上円了と「真怪」のゆくえ」

今年は早くも一月も下旬となりました。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
 2011年は「妖怪講座」として、具体的な妖怪種目として鬼、河童、ザシキワラシといった現象をとりあげ、昨年は井上円了も含め、柳田國男、折口信夫、泉鏡花といった「妖怪」を探求し愛した人々の業績をふりかえりながら、「妖怪講座」を進めてきました。

 今年は今一度、原点に立ち返り、井上円了(1858〜1919年)を中心としながら、「妖怪」について、しかしゆるく語り合い、問いあう場として、隔月最終月曜日に「妖怪カフェ」を開くことにしました。


 円了が創立した東洋大学は昨年125周年を迎え、それを機に、テレビでも活躍がとりあげられました。また東洋大学で「妖怪学」の講義を担当されている菊池章太氏の手になる評伝が今月出版され、国際井上円了学会も設立されました。アカデミズムにおいても、円了再評価の機運は確実に高まっています。
 また、一時期の「スピリチュアル」ブームは去ったのですが、巷では疑似科学的な言説もたえません。

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 こうした状況を省みたとき、円了の構想した「妖怪学」からは、汲み取れることが多くあります。
 円了は、当時の庶民に哲学的に考えることの意義を伝える一方、明治26年(1894)から翌年にかけて哲学館(東洋大学の前身)の「第7学年度講義録」として「妖怪学講義」を掲載し、その翌年には合本として『妖怪学講義』を出版します。
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 その内容は厖大なもので、総論・理学・医学・純正哲学・心理学・宗教学・教育学・雑という8部門から成っています。
 円了による「妖怪」の定義は「不思議と異常を兼ぬるもの」というものです。そこには、いわゆる天狗や河童といった今日一般に「妖怪」と目されているものだけではなく、いわゆる超常現象まで幅広く扱っています。そのほとんどは、科学的・合理的に解明できるものであり、人間による錯誤に由来していると彼は考えました。
 しかしその一方で、「幽霊」を否定しながら「霊魂不滅」について説き、「こっくりさん」のような民間の巫術のメカニズムを解き明かしながら、「信仰療法」の価値や「霊験」の存在を認めています。

 一般に言われているように、円了は単に「迷信」を否定したのではなかったのです。
 その秘密は、「仮怪を払い去りて真怪を開き示すにあり」という、妖怪学の目的にあります。
 それでは、「真怪」とはなんなのでしょうか。また、「仮怪」はなぜ解明されなければならなかったのでしょうか。
 第一回目は、円了が解明した「真怪」に焦点づけながら、妖怪学の不思議な世界に触れてみたいと思います。
 とはいえ、気楽な会にしようと思います。
 妖怪好きのみなさん、また常連の方も含め、お越しをお待ちしています。

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 ★妖怪カフェ第一回「真怪のゆくえ」
 ★開催日時 1月28日(月) 20:00〜21:30

 ★話題提供者 甲田烈(現・相模女子大学非常勤講師:最終学歴 東洋大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学(専攻・仏教学)

 ★場所 ジャンクションシティ(http://www.junctioncitytokyo.com/Photo_%26_Cafe_%22Junction_City%22/Home.html)
 Access/ 西武新宿線 新井薬師前駅 南口から徒歩2分 
 Address/ 〒164-0002 東京都中野区上高田3-37-7 サクラディア B1F
 e-mail/ jctアットマークjunctioncitytokyo.com(“アットマーク”を“@”に書き換えてください)

 ★各回参加費 1000円+1order
posted by 甲田烈 at 23:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

謹賀新年はワークショップの告知から・【2月3日】新春予祝トークセッション・旧正月と神々の言祝ぎ〜魔除けの学問と実践〜

 みなさま
 明けましておめでとうございます。
 旧年中はお世話になりました。
 今年もよろしくお願いします。

 私は大晦日から元旦にかけて初詣をすませ、正月から妖怪学の理論書を執筆するために籠っています。
 今年は本も出版し、いろいろと「動く」年になりそうです。

 さて、旧年中に告知したワークショップの日程が一日だけずれ、2月2日→2月3日に変更されました。
 おかげで、ちょうど、節分です。
 昨年の暮れ、31日に久しぶりに観ていたら、「なまはげ」が紹介されていました。蓑で身を覆った「なまはげ」に「悪い子はいねえかあ」とすごまれていた子どもが、「いいい子になります〜〜!」と半べそをかいているさまは、微笑ましくもあり、また人間の奥底にあるなにかを指し示しているようで、興味深い光景でもありました。
 小正月や旧正月には、「鬼」たちがやってくると昔から考えられていました。
 「鬼」は恐ろしい存在であると同時に、福をもたらす来訪神とも考えられています。
 ところで、「鬼」は今、誰でも「おに」とよみますが、平安時代くらいまでは「もの」とも読まれる字でした。「もの」は現代では、物質や物体や人間としての「者」のよみがなでもありますが、古くは霊的な存在をも指す言葉だったのです。


 「鬼(もの)」は、姿を見せない働きでした。蓑笠をまとうということは、自身の姿を隠すと同時に、顕わす、という意味もあると考えられています。この「現れつつ隠れる」という働きは、現代哲学でも問題となっていることに近く、そこでは、意識の反省対象とならない「生きる」という体験が、もっとも自我に直接的であると同時に、「異他的なもの」とされています。なぜならば、そうと気づかれる以前に、生は生きられているからです。

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 この「異他性」は、「鬼」を解明する上で、ヒントになるのではないでしょうか。
 「鬼」は「もの」として、単なる悪ものではありません。それは、私たちの日常の生き方について、のっぴきならないなにかを突きつけてきます。しかしそれと同時に、むしろ魔を祓い福を授けると考えられているからです。と、すれば、「生きられている」という「かくれ」を「生きる」という形で「あらわす」ことの中に、「鬼」たちの豊かな姿が浮かんでくるのではないでしょうか。

 ちょっと話が難しくなりました。
 けれど、「鬼」を学び、遊びたおすのが本旨です。

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 ワークショップの当日は、このような「鬼」の多様な姿・形にも触れつつ、「魔除け」の実践についてもお伝えできればと思います。
 コラボをしてくださるのは本職の霊能者・火水ハヌルさん。
 濃い内容と同時に、なによりも楽しめる会にしたいと考えています。
 是非、遊びにきてください。

※イベント詳細は下記をクリック
http://fukutama.jp/seminar/130202talk/
posted by 甲田烈 at 18:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする