2012年10月20日

AYANAVI〜日本の「妖」(あやかし)ナビゲーターたち・第9回のお知らせ

 ゆるゆるとやっているAYANABIも、9回目となりました。前回は、小泉八雲(1850-1904)の創作の秘密にせまりながら、八雲が「夢」との対話と聴覚を磨ぎ澄ませながら、怪談を紡いでいったことを明らかにしました。
 さて、今回は泉鏡花(1873-1939)です。
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 泉鏡花の作品というと、耽美・幻想的という表現が思い浮かびます。そしてその世界は、繊細な色彩感覚に彩られています。けれども、鏡花の根幹は、やはり「お化け好き」。柳田國男の『遠野物語』を読み込み、「妖怪変化豈得てかの如く活躍せむや」と激賞した鏡花は、自身「恐くないお化け」を生涯描くことを目的とし、「お化けは私の感情だ」と公言してはばかりませんでした。

 実際、鏡花はこの世界が観音力と鬼神力という、力で満たされた世界だと考えています。この力は人間にとって不可抗力なもので、大入道や三つ目小僧、一本唐傘のお化けといった妖怪変化の具体的現象は、「最も親しむべき」鬼神力のあらわれだと考えていたのです。
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 そんな鏡花が注目したのが、「たそがれ」感覚。
 「善と悪とは昼と夜とのやうなものですが、その善と悪との間には、滅すべからざる、消すべからざる、一種微妙なところがあります」(「たそがれの味」)
 ある、何かと何かが移行していく、その刹那。
 鏡花はそこに、なにを認めようとしていたのでしょうか。
 そのことと、「感情」や「力」との関係はどのようなものでしょうか。
 そもそも、鏡花の描く妖怪たちや、幻想的な世界は、どのような「感情」をあらわしているのでしょうか。

 坂東玉三郎の演じたことで有名であり、舌長婆や朱の盆といった民間伝承の妖怪たちが登場する『天守物語』、作中人物の醒めた視点が印象的な「雨ばけ」、季節の花が全て咲くという野原への、薬草取りの青年と花売り娘の足取りを、花々の移行とともに描いた「薬草取」。これらの作品を繙きながら、「妖怪」と「感情」の関係について、考えてみたいと思います。

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 ★タイトル「「お化けは私の感情だ!」〜泉鏡花・刹那を歩む
 ★開催日時 10月26日(金) 20:00〜21:30

 ★講師 甲田烈(現・相模女子大学非常勤講師:最終学歴 東洋大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学(専攻・仏教学)

 
 ★場所 ジャンクションシティ(http://www.junctioncitytokyo.com/Photo_%26_Cafe_%22Junction_City%22/Home.html)
 Access/ 西武新宿線 新井薬師前駅 南口から徒歩2分 
 Address/ 〒164-0002 東京都中野区上高田3-37-7 サクラディア B1F
 e-mail/ jctアットマークjunctioncitytokyo.com(“アットマーク”を“@”に書き換えてください)

 ★各回参加費 1000円+1order
posted by 甲田烈 at 21:17| Comment(0) | 妖怪学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする