今日は、南方熊楠(1867-1941)の誕生日です。みなさんは、いかがお過ごしですか。
最近、井上円了(1858-1919)の「妖怪学」を継承・発展させるという意図のもと、昨年から滞っていた著作の執筆を始めています。本講座でも2回にわけて取り上げましたが、円了は「心」と「物」の相関として現象世界を捉え、「妖怪」という不思議にせまっていきました。
興味深いことに、この円了の考え方と熊楠のアプローチはとてもよく似ています。熊楠もまた、事=現象を物と心が「縁」という諸条件によって交錯する領域と捉えて、この世界の「理」という不思議にせまるという、南方マンダラの思想を持っていました。その「妖怪」論には、必ず伝承の世界(心)だけではなく、環境条件や動植物の生態(物)が登場し、実証性が重視されています。
今回は、そんな熊楠の思想を「神社合祀反対」と「粘菌」という二つの視点から取り上げます。
明治39(1906)年、神社合祀令が発令されます。これは、一村一社を原則として、その他の小祠や神社は取り壊し、他の神社に合併するという、明治政府の政策でした。これを契機に、社祠の取り壊しによって全国で森林と自然環境の破壊が進みます。熊楠が、この神社合祀に反対する意見をマスコミに表明したのはその3年後の明治42(1909)年、その翌年には推進派の集会で乱闘を起こし、拘留されたり、一時は海外の研究者に呼びかけ、国際的な運動を起こそうとまでしています。そして、明治45年(1912)には、「神社合祀反対意見」として、8つの項目にわたってその理由を展開していますが、その中に、次のような一節があります。
小生思うに、わが国特有の天然風景はわが国の曼陀羅ならん。先にも言えるごとく、至道は言語筆舌の必 ず説き勧め喩(さと)し解せしめ得べきにあらず。
神社の木々が乱伐されることは、単にそこにある樹木がなくなることではなくて、その木々をめぐる自然生態系や、神社を結節点とするコミュニティが破壊されることでもあります。そのことは、文字記録に残されなくても人々の暮らしに息づいていた伝説・民話の消滅も意味しています。熊楠の反対運動は、最初はなんと「菌類」の保護。けれどもそれは、やがて今日のエコロジーに止まらない、コスモロジーへの問いにまで発展していったのです。
そこに貫かれていたのは、熊楠の「小さなもの」や「微小なもの」へのまなざしです。昭和4年(1929)年、昭和天皇の紀伊行幸に際して、熊楠は粘菌標本110種をキャラメル箱におさめて進献しています。
アニメ・マンガの『風の谷のナウシカ』でもよく知られる「粘菌」。
「粘菌」は変形菌とも呼ばれ、アメーバ運動をして栄養物を摂取する「変形体」という状態と、まったく動かない茸のような「子実体」というふつの状態をとるために、動物と植物の中間である「原始生物」と考えられてきました。熊楠がこの「粘菌」に着目した理由は、なんと「生死の現象と霊魂について」(柳田國男宛書簡)を解く手がかりになると考えたからでした。
神社をとりまく森林の「風景」と微小な「粘菌」という世界は、どのような関係にあるのでしょうか。そして、熊楠のいう「至道」とは、なんなのでしょうか。
日本最初の“エコロジスト”とされる熊楠の足跡をふりかえりながら、そのユニークな「霊魂」論や「妖怪」論とのつながりを考えてみたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★タイトル「「天然風景は我が国の曼陀羅ならん」〜「フシギ」のフィールドワーカー・南方熊楠(2)
★開催日時 5月25日(金) 20:00〜21:30
★講師 甲田烈(現・相模女子大学非常勤講師:最終学歴 東洋大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学(専攻・仏教学)
★場所 ジャンクションシティ(http://www.junctioncitytokyo.com/Photo_%26_Cafe_%22Junction_City%22/Home.html)
Access/ 西武新宿線 新井薬師前駅 南口から徒歩2分
Address/ 〒164-0002 東京都中野区上高田3-37-7 サクラディア B1F
e-mail/ jctアットマークjunctioncitytokyo.com(“アットマーク”を“@”に書き換えてください)
★各回参加費 1000円+1order


